【ごあいさつ】

 中世の富松城の周辺を、中近世都市史の仁木宏氏(大阪市立大学助教授)の資料を参考に「富松城跡を活かすまちづくり委員会」が立体的に復元したものです。 東富松村の位置は、塚口と西宮を結ぶ東西の街道と、伊丹と尼崎を結ぶ南北の街道の交差点で、交通網もよく、農業の生産性が高かったと考えられています。 東富松村の地形的な面から集落は2分されていて、富松城は、西側集落の北西角に位置し、巨大な土塁と堀を構えていました。また富松神社にも土塁があったことがわかっています。

 
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