当館は、戦国時代の西摂を語る上で欠かせない貴重な歴史の生き証人・富松城跡を多くの人びとに知っていただこうと、「富松城跡を活かすまちづくり委員会」がWeb上に建設した博物館です。

 尼崎市史によれば、富松城の規模は方一町(100メートル四方)とされていました。その後の発掘調査や尼崎市教育委員会が2003年1月に実施した確認調査では、残存する土塁の西側に一部残っている堀が南に続いていることが確認され、土塁が南に続いていた可能性が実証的に高まり、富松城の実像が明らかになってきました。
 また、新聞報道によりますと「城域は少なくとも二百メートル四方まで広がると推定され、同教育委員会は『地方の城というより中央と直結する城だったのでは』としている。」と書いています。
   2002年11月28日から12月1日、平地の中世城郭の原形をよくとどめた堀と土塁の一部が現存する貴重な富松城跡を、広く市民や次世代の子どもたちに伝え残していこうと「尼崎の宝・中世の富松城展」を開催しました。

 その大きな反響を踏まえ、より多くの方に富松城跡の大切さを知っていただくため、今回、神戸大学「地域連携センター」の市沢哲助教授をはじめ、多くの団体・関係機関などの協力を得ながらバーチャル富松城歴史博物館をWeb上に立ち上げました。

 まだまだ充分なものではありませんが、インターネットの特性を活かし、「ご来館の皆様」と富松城跡を活かすまちづくり委員会と神戸大学「地域連携センター」が双方向に学びあい、「成長する博物館」を目指して行きたいと考えております。

館長 善見壽男